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感じる人びと 第3回 耳で「感じる」 音で舞台を演じるひと

二宮敦人

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Illustration もとき理川

舞台音響表現家
百合山真人(ゆりやま まさと)

 ゴトン、だろうか。それともドスッ、とかボテ、だろうか。

 生首の落ちる音である。

 音は高いだろうか低いだろうか、どれくらいの大きさだろうか?

「そんな音、現代人は実際に聞く機会がないですよね」

 それでも演劇の舞台では、そういう音が必要なこともある。

「どうやって作るんですか?」

 率直に聞くと、百合山真人さんは「そうですね」と軽く両手を握りなおした。細い長身に黒のジャケット、Tシャツ。ふと大学生のような若々しい笑顔を見せる、フリーランスの舞台音響家である。

「まずはライブラリに使えそうな音があるか確かめます。文字のフォントのように、音源ライブラリというものが売られているんですよ。たとえば雷の音なんかだったらライブラリから取ってきて。そのままでは使えないので、加工します。音を足したり引いたり、短くしたり長くしたり、シーンに合わせて」

「ライブラリになかったら‥‥‥」

「録ったりしますね。生首の音は、なかなかないので。たとえばマイクをこう、ごとっと落としてみる。その音の高域を減らして、首が落ちたようなイメージに近づけていくわけです。だいたい30分もあればできるかな。でも2、3時間やってみて、やっぱりイメージと違う、最初からやり直しなんてこともあります」

「イメージ上の音なのに、リアリティを出すのって難しいですよね。生首さえあれば、実際に落とした方が早そう」

「それだけではなく、演出上の意図もあります」

 首を傾(かし)げている僕に、百合山さんは補足してくれた。

「その音で伏線をどのくらい張るべきなのか。聞いた瞬間『生首が落ちた!』とはっきりわかった方がいいのか、それとも『今の、何の音? まさか‥‥‥』と思わせて後から『うわ、生首!』の方がいいのか。あるいは、舞台がやろうとしているベクトルに合うかどうか。音が説明しすぎるのはまずい、ということもあるんです。もっと抽象的な方が世界観と合うとか。そのあたりは演出家とも相談しつつになります」

「音一つでも、奥が深いんですね」

「はい、だからやっぱり歌うのがいいと思うんですよ」

「歌う?」

 優しそうな笑みを浮かべる百合山さんの、眼鏡がきらりと光った。

「こう口で、ゴト、とかドス、とか。一種の歌として言えれば、そこに近づけていけるので。イメージを固めるというのは、歌を歌うような作業なんです」

鍵盤で生み出すチャンバラシーン

「耳」のプロフェッショナルを探していて、舞台音響家という職業に行き着き、百合山さんに出会った。しかし、具体的にはどんなことをしているのか、僕はまだぴんと来ない。

「音響、というセクションを担当しています。そもそも演劇にどんなセクションがあるのかはご存知ですか? 音響、音にまつわること。照明、光にまつわること。それから美術、舞台装置、衣装、ヘアメイク、そして役者。あとは舞台監督がいて、これは進行の責任者ですね。タイムスケジュールを組んだり、本番で場面転換などの指示(キュー)出しをする人です。さらに脚本、演出、制作‥‥‥」

 慌ててメモしつつ、聞いた。

「ええと、演出とか制作の人は、どんなことをしているんでしょうか」

「演出は、脚本を舞台上に具現化するのが仕事。芸術責任者です。制作は、公演の立ち上げから終了まで、様々な仕事をしています。たとえば劇場や稽古場の手配、予算組み、お客様への対応、スタッフへのギャラ支払いなど」

「なるほど‥‥‥凄くたくさんの人が関わっているんですね」

「その舞台にもよりますが、何十人、何百人という規模になります。で、だいたい本番の1ヶ月前くらいから稽古(けいこ)が始まるわけです。まずは会議室のようなところにキャストが全員集まって『顔合わせ』をします。次に『本読み』と言って、みんなで脚本を音読していくんですね。それが終わったら、今度は『ミザンス』を決めます」

「何ですか、ミザンスって」

「舞台上の役者の立ち位置ですね。元はフランス語の『演出』から来ているそうですが、日本の演劇ではそうやって言いますね」

「そうか、脚本には台詞(せりふ)は書かれていても、舞台のどのあたりに立って、どっちを向いて言うかは書かれていない‥‥‥」

「そうなんです。この時点でだいたいセットは決まっているので、それと兼ね合わせて演出家が頭の中でイメージして、決めていくんです。ミザンスが決まってようやく、今度は役者がその台詞をどんなふうに言うのか、なぜ言うのか、という演技の稽古が始まります。だいたい本番の2週間前くらいかな。この頃、僕たち音響も現場に入っていきます」

 音響と一口に言っても、いろいろな仕事があるそうだ。

「大きく分けるとプランナーとオペレーター。機材のエンジニアも含まれることがあります」

 一つ一つ簡単に説明してもらった。

「プランナーは、その舞台における全ての音の責任者です。どこでどんな曲を使い、どんな効果音を使うか考えて、必要があれば作曲家に発注したり、自分で作ったりします。さらに、曲と効果音をどれくらいの音量で、どんなタイミングで、どのように配置したスピーカーから出すか。そういった計画を立てて、具体化させる人ですね。音楽に詳しい演出家の場合は自分でやることもありますし、音量などの調整は作曲家がやることもあります」

「じゃあこの人が、音響チームのリーダーですか」

「はい、その下にオペレーターがついて、作業を分担します。M出し、マイクケア、サンプラーなどですね。プランナーがM出しをすることもあったりと、厳密に分かれているわけではなく、その舞台によって変わってきます」

「ええと、まずM出しというのは何ですか?」

「ミュージック出し、音楽をかける人です。少しずつ大きくなっていくようにかければ、フェードイン。少しずつ小さくなればフェードアウト。いきなりバッとかければカットイン、バッと消せばカットアウト。二つの曲の片方をフェードイン、片方をフェードアウトさせて切り替えるのを、クロスフェードと言います。タイミングを計って、そういった操作をするわけですね。最近は、自動でやってくれる機械もありますが」

「マイクケアというのは?」

「キャストがワイヤレスマイクをつける舞台がありますよね。台詞や歌を拾うための。あのマイクも、操作しないとなりません。出る前にオンにして、はけたらオフに。音量も調整して。これを入れ替えがあるたびに、大きな舞台なら何十人分とかやる。それからキャストが着替えて、たとえばカツラをつけたとしましょう。するとマイクの位置も合わせて変えないと、ちゃんと音が拾えません。だから着替え場に入っていって調整をします」

 一つでもオンオフを間違っていたら、音量が高すぎたり低すぎたりしたら、マイクがそっぽを向いていたら‥‥‥舞台が台無しになってしまうかもしれない。聞いていてだんだん胃が痛くなってきた。

「サンプラーは?」

「これは効果音の担当と思っていただければ。たとえばチャンバラが始まったら、刀と刀がぶつかる音や、切られる音なんかを出しますよね。最近のアニメが元になった舞台などでは、エネルギー波や、必殺技の音なんかもたくさんあります。そういった音を鳴らす人」

「操作盤のようなものがあって、ポチポチとボタンを押していくわけですか」

「そうです。中にはこう、鍵盤のようなものに設定して」

 百合山さんはピアノを素早く弾くような仕草をしてみせた。

「こんなふうにして鳴らす人もいます。舞台上で入り乱れる役者の動きを見ながら、ぴったり刀がぶつかる瞬間に合わせて。これができる人は、本当に職人という感じです」

 場合によっては役者が転んだり、剣がすっぽ抜けたりといったトラブルも起こりうる。その時はその時で、アドリブで音をずらしたり、鳴らす音を変えたりと調整するそうだ。

「単発の効果音だけでなく、長尺といって、たとえば雨の音や川の流れる音なんかもサンプラーが受け持って流しますね」

 これまではドラマやアニメを見ても、刀で斬り合えば金属音が響き、雨が降れば雨の音がするのが当たり前だと思っていた。盛り上がったところで音楽が流れるのもどこか当然のように感じていた。しかし、実際には一つ一つタイミングを見計らって鳴らしている人がいるのである。それも舞台というやり直しのきかない世界で、役者と息を合わせて。

「それはもう、裏方というよりは役者の一人ですね」

 百合山さんは軽く頷いた。

「そういう気持ちでやっています。作品の世界を、音を使って演出‥‥‥具体化するのが僕たちの仕事だと」

二宮敦人(にのみや あつと)

1985年東京都生まれ。作家。 『最後の医者は桜を見上げて君を想う』『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』等、幅広いジャンルでベストセラーを発表。著書に『!』『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』『ある殺人鬼の独白』『さよなら、転生物語』『ぼくらは人間修行中 はんぶん人間、はんぶんおさる。』等がある。

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