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「ことば」と「音」で遊ぼう! <小学生と学ぶ超言語学入門> 第2回 濁点・半濁点の謎

川原繁人

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Illustration ryuku

<今回の質問>
「日本語には『゛』・『゜』が付く文字と付かない文字があるのは何でですか?」 6年生・モモ

川原 「が」は詰まってる。いいねえ。これ全部素晴らしい着眼点なんだけど、今は舌がどう動いているかについて考えてみよう。もう1回「か・か・か」と「が・が・が」って発音してみたとき、口の中で何が起こっているだろうってちょっと感じてみて。

―― か・か・か。が・が・が。

川原 何が起こってる? 

―― おんなじ?

川原 今度は「た・た・た」と「だ・だ・だ」をやってみようか。

―― た・た・た、だ・だ・だ。

―― おんなじじゃん。

川原 そうだね、「か」と「が」ってやるのと、「た」と「だ」ってやるのと、何か似ている感じがしない?

―― ほとんど同じ。

川原 ほとんど同じだよね。そうなのよ。じゃあ、せっかくなんでちょっと面白いものを持ってきました。

―― 何これ?

川原 これはMRIっていうんだけれども、知ってる? 病院で使うものだから、あまり馴染みがないかもしれない。だけど音声学者はMRIに入って、人間が発音するときに何が起きているんだろうというのを撮影したりするの。こっちが「か・き・く・け・こ」を発音した時の様子。

「か」を発した時のMRI画像。舌の奥が盛りあがっている(矢印)。『音声を教える』(国際交流基金、ひつじ書房)の付属CDより。授業では動画を流した。

 MRIの見方の説明をしないとね。この人は左を向いていて、顔の断面図が映っています。真ん中に映っているのが舌。「か・き・く・け・こ」を発音するときに、舌がどう動いているか、ちょっと見てみて。この舌の奥のほうが動いているのがわかる? 

 じゃあ次に「たちつてと」と比べてみようか。自分で「か」「た」「か」「た」「か」「た」って発音してみよう。

―― 「た」は舌が上にいったり下にいったりする。

「た」を発している時のMRI

川原 その通り! 「た」は舌の前のほうが動く。

声帯振動をみてみよう

川原 「か」は舌の後ろ側が動くんだったね。じゃあ、「がぎぐげご」はどうだろう? MRIを見てみようか。「かきくけこ」とほとんど一緒だね。じゃあ「か」と「が」は何が違うのっていう話になる。

「が」を発している時のMRI

―― のど。

川原 のど。自分で感じられた?

―― のどの奥が揺れてる。

川原 そうそうそう、すごく良い。「か」と「が」の違いは、のどの話みたいだね。MRIの次はこちらを見てみよう。性能の良いカメラが先にくっついたファイバースコープを鼻の穴から通して、のどで何が起こっているのかを写す機械があるんだ。

ファイバースコープによって声帯を撮影する仕組み。『ビジュアル音声学』(川原繁人、三省堂)より。もとの絵の提供は今川博先生。

 これで声帯っていうのを写せる。「声帯」って聞いたことがあるんじゃないかな。

 声帯の話をしていたら思い出しちゃった。私が小学生のときに、音楽の飯島先生が声帯にポリープができちゃった。それで入院して一時期お休みになられていた気がする。

藤田先生 なった、なった。

川原 ありましたよね。みんなも聞いたことがあるかもしれないけど、その「声帯にポリープができる」というのはここなの。みんなが声を出すときに、のどの奥で震えて音をだしてくれているものがあるのよ。この声帯がどうやって震えているかっていうのをハイスピードカメラで撮りました。「えけ」って発音しているときと「えげ」って発音しているときの動画を見せるね。上が背中側で、下がのど側です。右と左に1枚ずつ声帯がついているのが見える?

ハイスピードカメラで撮影した声帯。左:母音の発音中、二枚の声帯が近づいて振動する。右:「け」の子音部分の発音時、声帯が開いて振動しない。『ビジュアル音声学』より。撮影:「東大病院耳鼻咽喉科音声研究チーム 榊原健一、大塚満美子、田山二朗、今川博」。

 まず「え」って発音しているとき。2枚の声帯が、震えているでしょう? ここから「け」が始まります。どうなった?

―― 止まってる。

川原 そう、声帯の震えが止まっているでしょう? 2枚の声帯がだんだん開いていっているのわかる?

―― ほんとだ。

川原 そう。すごく大きく開いているでしょう? ずっと開きつづけて、ここで2番目の「え」(「け」の「え」)が始まります。「え」が始まると、また声帯が閉じて震えているでしょう? 

 私たちののどの奥には声帯が2枚あって、声を出すときって基本的に震えて音を出してくれています。でも、「け」って言うときには声帯が広く開いていて震えないのよ。じゃあ、「えげ」の時はどうなっているのかを見てみようね。

 ここは「母音」の部分。「母音」って言っちゃ駄目だ、みんなには伝わらないものね。初めの「え」の部分。前と同じように震えているね。そして「げ」に入ります。ほら、さっきの「け」の時と違っているのがわかる?

***補足***  
 思わず「母音」という専門単語を使ってしまっています。小学生を相手に専門用語を使わずにどこまで伝えられるか、常に意識はしていたのですが、ぽろっと出てしまったのですね。ここでは自分で気がついて修正しています。
「げ」の子音発声時の声帯の様子。2枚の声帯が近づいて振動している。

―― うん、揺れてる。

―― ずっとぱくぱく。

川原 そう、ずっとぱくぱくしているの。ということは、「か」と「が」は何が違うんですかっていうと、「かきくけこ」のときは声帯が開いて震えなくなっちゃう。だけど、点々が付くと声帯が震えます。「かきくけこ」は「『すんって』すかしている」ってはるまが言ってくれたじゃない? 「かきくけこ」は声帯が震えないから「すっ」と空気が流れる感じがしたのかな? それに対して「がぎぐげご」のときは、ずっと声帯が震えていて「ずーん」としている感覚があったのかなって思いました。

 ちょっと難しくなってきちゃったかもしれないから、まとめるね。点々が付く音と付かない音って、口の使い方はほとんど一緒。違いはのどの中に入っている声帯が震えるか、震えないか。点々が付かないと震えない。点々が付くと震えますよっていうことです。

川原繁人(かわはら しげと)

1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。

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